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それあるっ!劇場~きつねパンダ一家~

〈エピソード8〉~いろんな世界~

 

作成した動画ファイルのDVDを友人に渡す風景。

よくある日常のやりとりです。

ただこれが、聞こえない人と聞こえる人のやり取りであるだけです。

DVDを受け取った友人(聞こえる人)がその動画を再生した時、音が聞こえないためボリュームを大きくしますが一向に音は出ません。

最大まで大きくしましたが、結局その動画の音は聞こえませんでした。

なぜなのでしょうか?

そう、今回の場合、生まれた時から音のない日常で育ってきた聞こえない彼にとって、音という存在自体を知らず、ゆえに動画データを作成する際に意識もしていないのです。

聞こえなくなった時期や聞こえの程度によって違いはありますが、聞こえない人にとっては音のない世界は日常です。

彼は音のない世界の住人だったのです。

 

昔、出席した会議で目の見えない人が冗談でこんなことを言っていました。

「私が市長になったら、街の中からすべての街灯をなくします。経費の節減です。そして、どうしても光が必要な方は役所の窓口で申請をしてもらえれば、電器器具を福祉サービスとして支給します。」と。

光のない世界の中では、真っ暗な街の中で生活に光が不可欠な見える人のほうに生きづらさが生まれるので、その人たちが障害のある人になってしまいます。

また同じように、車いすユーザーの人ばかりで、自分の手の届く範囲より上に高さはいらないので、あらゆるものが低く作られた街があるとすれば、かがんで暮らさないとその世界で生きていけない人たちは障害のある人となってしまいます。

 

音のない世界、光のない世界…、他にも私たちが暮らす世の中にはいろんな世界の住人が暮らしています。

ですが、そんないろんな世界の住人が一緒に暮らす世の中で、どこかひとつの世界の生活様式を「普通」として、いろんなものが作られてしまうと、そこに合わせなければ生きていけない別の世界の住人が、生きづらさや窮屈さを感じてしまうのです。

自分たちがいる世界だけに目を向けず、一人ひとりが他との違いに関心を向け、いろんな人たちのいろんな考え方があって良いもんだと、そう自然に受け入れていけるようになると、世の中の見方も変わり、それぞれの生きづらさのハードルも下がっていくのではないでしょうか。

 

世の中にはいろんな世界があるもんだ。

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北九州市身体障害者福祉協会

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