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機関誌「しんしょうだより」

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今を駆ける

北九州市障害者スポーツセンターアレアス

センター長 有(あり)延(のぶ) 忠(ただ)剛(のり)

 

1976年からシリーズで放送されていたNHK土曜ドラマ「男たちの旅路」という番組。これが障害福祉の世界を知ったきっかけでした。その中で「車輪の一歩」というタイトルの放送回、私はまるで頭を何かで殴られたのかというほどの衝撃(しょうげき)を受け、番組が終わるや否や、一緒に番組を見ていた父に「障害者施設で働きたい!」と話したことを今も鮮明に覚えています。中学三年生の時でした。

ところが、母が高校の体育教師、兄も後に中学の体育教師となったことや、私自身も子どものころから野球漬け。高校2年の春には幸運にも甲子園の土を踏ませていただき、結局、大学は体育系に進学。卒業後は数年間、体育の講師として中学や高校に勤務しておりましたが、ある時、親戚のすすめで北九州市福祉事業団の職員採用試験を受験し、採用となり、結局は福祉の世界に。

「教育現場も福祉現場も人を相手にする仕事だからきっと同じような思い、情熱で何とかなるだろう」と入職時、高をくくっていましたが、それがとんだ大間違いであったことを気づくのに、時間はかかりませんでした。特に最初の一年間は、試練の一年でしたが、間違いなく貴重な一年でもありました。

そして入職から5年間、知的障害児の入所施設に勤務し、その後に障害者スポーツセンターへ異動となりました。

それからは、まさに自分の中では天職(てんしょく)ともいえる障害者スポーツの世界に身を置き、今年で24年目となります。仕事以外でも、ライフワークとして、身体障害者野球とふうせんバレーボールに携わっております。身体障害者野球では「北九州フューチャーズ」を立ち上げ、「挑戦」をテーマに活動。昨秋の全日本選手権では三度目の胴上げを経験させていただき、この秋二連覇を目指しています。

一方のふうせんバレーボールでは「共生」をテーマに、プレーも楽しみながら普及活動に携わっています。9年前にドイツ、3年前には韓国での普及活動に携わらせていただきました。

そんな中で最近、とみに思います。地球上で、人類はこの先どうなるのだろうって。(話が飛躍(ひやく)して恐縮です。)テレビやネットで毎日飛び込んでくる「命」に関わる悲しい報道や争いごと。私は自分の大切に思う人を守りたいし、それは誰もが同じであるはず。「『どの人生、どの命も一つしかない』ことになぜ気づかないのだろう」って。

私は自分の活動を通して、そんなことも伝えて行けたらと、今、思っています。

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