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My Story マイ・ストーリー

北九州市身体障害者福祉協会

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My Story マイ・ストーリー 誰もが自分の物語を生きている

 


白石 正憲(しらいし まさのり)さん


《視覚障害》


 

中途視覚障害者となって

  軽い気持ちで受けた検査でした。そこで「視野欠損(しやけっそん)があるよ」と言われて。そこから十数年、点眼治療を続けていました。生活自体に制限はありませんでした。実際、視野の異常は自覚せず、仕事も含め以前と変わりなく普通に過ごしていました。両親も高齢になったので仕事を辞め、老老介護(ろうろうかいご)でもしながら、仕事をしている時には出来なかったあれこれをしようと計画していました。

  しかし、辞めるとなるとそれまで以上に仕事が忙しくなり、また家族に健康上の問題も起き、手を取られるようになりました。一方で、仕事に区切りをつける為の諸々の手続きにも追われていたので、睡眠不足の日々が続きました。

 そんな中で、急に非常に見えにくくなり、眼圧もコントロールできなくなりました。主治医にも「これはもう点眼では無理です」と言われ手術に踏み切ったのですが、結果は捗捗(はかばか)しくありませんでした。

 

こんなにも一生懸命になってくれる人がいる

  急に見えなくなったものだから途方に暮れました。この先どうなるんだろう。あれもできない、これもできない―そんなことばかり頭の中でぐるぐる巡るようになって、精神的に不安定になりました。

 でも、受診した病院のスタッフがとても親身になってくれたんです。

 ひどく落ち込んで、何も考えられなくなっていた時にかけてもらった言葉があります。

 「まず寝て、食べて、ひとつずつ、ひとつずつだよ」

 私の心に届くまで、その人は繰り返し繰り返しこう言ってくれました。あれこれ考えなくていい。まず寝て、食べて、それからでいいよ。ひとつずつだよと。

 これから先の生活のことを考える中で、ソーシャルワーカーとつながり、いろいろ教えていただきました。友人も、ほうぼう動いて情報を集めてくれました。障害者支援相談員や同行援護(どうこうえんご)の事業所、視覚障害生活訓練等指導者、点字図書館や行政の支援…。いろんな人やサービスとつながっていくうちに、少しずつ元気になっていきました。障害者に対し、こんなにも一生懸命になってくれる人がいるんだと、当事者となって初めて知ることができたんです。

 

一人じゃない

 「一人じゃない、大丈夫だよ」友人やサポートの人たちにかけてもらった言葉にも、本当に救われました。あちこちに親身になってくれる人がいたから、それが実感できたんでしょうね。

 それまで自分が過ごしてきた世界とはまるで違う。元のことをやろうとしても無理。だったら、今の状態で出来ることを見つけていく。この生き方ならば、このやり方で―という風に。そう考えられるようになってきました。一人じゃないと思えたことが、自分の中でとても大きかったと思います。

 つながりって大事ですね。中途で視覚障害になると、つながりを見つけるのは難しいと思います。高齢になるとなおさらです。だから引きこもってしまう人も多いのではないでしょうか。「こう行けばいいんだよ」「こうすれば広がるよ」と、断片ではなく包括的に示してもらえたら―例えば、医療(治療)から福祉制度へのつながりがもっとスムーズで、いろんな情報を得ることができたら、当初私が抱いたような不安も、少しは軽くなると思います。

 

これからのこと

 今までは置かれた状況に慣れるのに精一杯。眼はまだ進行中なので、今のうちに出来る事、これから先出来る事を考えているところです。

 見えていた時にできていたことの8割は、見えなくなってもできると言われたことがあります。運転や流行(はやり)のスケボーは無理でも、料理をはじめとした家事や読書、映画鑑賞や外出などにチャレンジしたいですね。それこそ、ひとつずつ、ひとつずつね。

 こんなことになるまでは、進学にしても就職にしても恋愛にしても、なんとなく流れに身を任せて生きてきたように思います。もしあの頃の自分へ声がかけられるとしたら、流されないで、もう少しひとつひとつのことに真剣に向き合った方がいいよって、声をかけたいですね。

 眼の病気が分かった時も、確たる根拠もなく自分は大丈夫だと思い、それまでと同じ生活をしてしまいました。流れから抜け出すこともできたのにね。

 先の事はわかりません。今でも不安でいっぱいです。でも、一人じゃない。そう思える今は、以前とは違うと思います。

 また俯(うつむ)きそうになったら、一人で抱えず、すぐに周りに泣きつきに行きますから(笑)


ここまで本文です。

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