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 ホーム > 北九州市身体障害者福祉協会 > 第63号 > 

LENCONのはじめの一歩

北九州市身体障害者福祉協会

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LENCONのはじめの一歩

7年間、ありがとうございました。 永松 玲子(ながまつ れいこ)さん

 

※サリドマイドの薬害のため、両肩から数本の指が少し出ているだけの状態で左目は失明、右目も眼球振動があり弱視(近づけば人がいるか識別できるくらい)

 

 足立学園(あだちがくえん)から念願叶って両親や妹の元へ帰れた私は、しばらくは楽しく過ごしていたのですが、だんだん寂しさを感じるようになりました。その気持ちをどうコントロールしていいのかわからず、学校の宿題をしなくなったり、先生に注意されても知らんぷりしたりと、小学6年生になる頃には反抗期に入っていました。

 中学時代は反抗期もピークで最悪です。担任の先生とは全く嚙み合わず、一番折り合いの悪かった美術の先生の授業は、「私の人生に必要ない」と、3年間まともに受けませんでした。

 そんな私でしたから、母はしょっちゅう学校に呼ばれるようになりました。家事や仕事の合間を縫っては学校へ来てくれましたが、ある日娘のあまりの言われように気持ちが切れたようで、「バカな親から生まれたバカな子ですから、頭は良くありませんよ。当たり前じゃないですか!」「もう帰っていいですか?うちは商売が忙しいんです。こんな事でいちいち呼び出さんで下さい」そう言って帰ってきたと、母から報告を受けました。母は、「ああ、先生に言いたいだけ言って帰ったらスカッとしたわ」と言いながら家事をしていました。

 その後、母が学校に呼び出されることは無くなりましたが、私は相変わらずの反抗期を過ごしながら中学時代を終えました。

 高校になると、中学時代と打って変わって先生達ともすごくうまくいくようになりました。高校生活が楽し過ぎて、「先生、何で日曜があるんですかねぇ。ずっと学校に行きたいんですけど。」と言うと、先生達は「永松、俺達を休ませてくれぇ」と笑っていました。

 

 2014年10月の「しんしょうだより」に、母から聞いてきた私の赤ん坊の頃の話をたまたま書いたことがきっかけで、気が付くと7年間書き続けていました。

 こうして書いていると、両親や妹のその頃の様子や、父と一緒に遊んだことを思い出します。

 この拙い文章にお付き合い頂いた皆さん、7年間、本当にありがとうございました。

 ここで一旦お休みをいただきます。

 またいつか、成長した私のこともお話しできたらと思っています。

 それでは、また―。

 

ここまで本文です。

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